●「観光地メソッド-「観察する者」と「観察される者」の心理的距離感」について
「mixiで秋葉ツアーをしている人たちの感想とか」についてululun氏から「観光地メソッド-「観察する者」と「観察される者」の心理的距離感」という反応を頂きましたので、今回はそれについて書いてみようと思います。
では何故mixi内でこの問題を書かなかったのか、という疑問があります。勿論、この質問を投げかければ着目率の高いはてなで書く事が多くの人に知られるきっかけになると考えた、という回答が寄せられると想像いたしますが、果たして本当に理由はそれだけでしょうか。
リアルの知り合いが出入りしているmixiという場に於いて同じ文章が書けるのか、という疑問が存在します。
「mixiの知り合いはみんな自分がオタだって知ってるから何の問題もない」と言うのなら、何故この問題をmixiで取り上げなかったのでしょう。
ネットではない部分で繋がっている人に今回のような事で声をあげている姿を見せたくないという心理的抑制が働いてはいなかったでしょうか。
こうしてみると実にもっともな指摘だと思います。まぁ最初の部分でこちらの返答を予想して、「果たして本当に…」となるところなんか少し可笑しい気もしますが、「人のmixiを晒したんだから自分のも晒せよクズ!!」とか下らない事を書かれる可能性も考慮していた俺にとっては、極めて建設的でためになる指摘に思えました。
しかし結論からいうとこの指摘は多少方向性がズレています。これはululun氏が前もって俺のmixi観を全く知らない状況で書かれたものなので仕方ないのですが、「神コップBloG_ver.?」の上部にある「filn」の体たらくを見てもらえば分かりますように、俺は元より「SNSに何かを書く」という事を全くしません。理由としては俺が登録しているSNSの友人は全員がこのサイトを知っている事(このサイト経由の知り合いばかり)や、実社会での知り合いは「神コップ」の絵師である「総裁」と、もう1人のサークル仲間しかいない事、また雑記コーナーに「うんこ漏れそうで困った」とかそういう下らない事まで書いている俺にしてみれば、積極的にSNS内で文章を書く意味がない事などがあります。
以前このブログに貼ってあったOtabaとmixiへのアドレスを外したのも、そういった理由からログインさえしなくなったからであり、何か書いてあったりするのではと期待した人に対して申し訳ないからです。(「filn」が残っているのは下手に足跡帳を作ってしまったおかげ)
ですから今回の記事を俺がmixiに書かなかったのにこれといった理由はなく、強いていえばmixiに書くこれといった理由がなかったからです。逆にmixi内で公開する理由が何かあるでしょうか。手放しに肯定するようなコメントが無数につき、対処に困るであろう事は予想されますが…。俺は無条件に肯定されるのが一番苦手ですので、余り好ましい反応ではないですね。(だからSNSが性にあわないのでしょう)
むしろ今回の件について俺が本来批判されるべきというか、俺が記事を書くにあたって悩んだ事は、「自分がmixiを大切にしていないからこそ、mixiを大切にしている人のスペースを破壊しえる記事を書くのはどうか」という点です。確認していませんが、当該記事を書いた後で足跡の増加に気づき日記をクローズドにした人もいるでしょうし、もしかしたら退会した人もいるかもしれません。俺が退会なんてなんとも思わず、日記すら全く書いていない事を考えれば、これは極めて残酷な仕打ちであるといえます。
これに関して俺は「日記は全体に公開されている上に、mixiのユーザ数は既にプライベートな空間であるといえない程度にまで拡大し、且つ俺がある程度誘導したとしても元よりmixi登録者(本来的に閲覧される可能性のある相手)にしか閲覧される事はない」という理由を付けて公開に踏み切りましたが、正直な話それが正しかったのかどうかは今でも分かりません。反発も表立って出てこないだけで、潜在的にはもっとあると思います。
ただ時期的にいって、これから「ユーザの本音を垣間見れる場」としてmixiが利用され、同種の揉め事が起こり得るだろうという事を考えれば、mixiユーザ側にとっても一種のメッセージとして有益な部分があったのではないかと思っています。
また
LEOatさんが今回お書きになられたような文章ですとか?Bコメント欄のような場所において(相手に知られていない状況で)文章を書くのであるのなら、誰からも批判されない突っ込みどころのない文章を書かなければならないのではないかと思います。
の部分ですが、今回の場合は「相手に知られていない状況で」なければ書けない記事だったと思います。例えば俺が引用した日記に直接リンクを貼ったり、相手方のコメント蘭に「俺のサイトで引用させて頂きました」と宣言する等して相手との距離を近く置いた場合、距離を遠く置いた場合よりも相手に大きな被害が出るかと思います。そして繰り返しますが、俺は明確にそれを避ける意図がありました。
そして「誰からも批判されない記事を書くべきだ」とありますが、2者の考えがそこにあるならば何かを論ずるに当たって批判されるべきですし、当然の事を当然のように述べているもの以外は常に何らかの批判を受けて然るべきではないでしょうか。
ただ論じる対象と論じる者との間に距離があるほど、リテラシーを高く持たねばならないという理想には賛同いたします。
と、今回はとりあえずここまで。何かありましたらお気軽にどうぞ。